神奈川県大和市にある「パン工房ふらんす」は、創業から約25年のパンとコーヒーの店です。
特徴は、まず国産小麦と天然酵母を使ったノンシュガーのパン。野菜や果物も地元のものを使用し、添加物は使っていません。コーヒーはオーガニックで自家焙煎、今はビーガン対応の(動物性の材料を使わない)雑穀ランチやスイーツも提供しています。
最初は、天然酵母パンの店としてスタートしたそうですが、いろいろ学んだり、アレルギーのあるお客様の要望に応えたりするうちに現在のような商品になってきました。
もともと、駅から少し離れた立地ということもあって、通りがかりの人がついでに立ち寄るような店ではなかったそうです。一方で、電車に乗ってパンを買いに来るような熱心なファンが多いお店でした。
今は、新型コロナウイルスの影響で来客数は減っているそうですが、その分、パンの定期便(通信販売)や持ち帰り弁当などを提供しながら営業を続けています。
「パン工房ふらんす」の外観、1階がパン工房と店舗で2階が自宅スペース。
そんな「パン工房ふらんす」ですが、2019年に店舗兼住宅を建て替えました。
500年後の森を考える姿勢に共感し、建て替え計画が一気に進展。
もともと同じ場所に店舗と住宅があったのですが、特に母屋は築40年以上で、かなり傷んでいたとのこと。しかし、周辺が市街化調整区域になっていることなど、さまざまな条件があって、なかなか建て替えの計画が進まず困っていたそうです。
そんな時期に、東京・八王子で森の管理を行っている森と踊る株式会社との出会いがあって、一気に話が進みました。
朗代さんは、樹皮を使った手編みのカゴ作りにも関心があって、お店でワークショップも開催しています。そのご縁で、森と踊る株式会社の三木一弥社長と最初に会ったのが4年ほど前。
森を管理しながら多摩産の木材を作っているという話を聞いて、自分が行ってきたパン作りと通じるものを感じたそうです。特に、500年後の森の姿を考えながら仕事をしていることに驚いたといいます。そして、森と踊る株式会社が手掛けたリフォーム物件の写真を見て、同じ多摩産の天然材で建て替えることを決断。
ただ、そうした木材を使うと設計や施工に制約が増えるのではないかという危惧もあったとか。しかし、建築士も工務店も三木社長から紹介されて、森と踊る株式会社の材料を使うことを前提に計画が進みました。
実際には、森と踊る株式会社が準備した多摩産のヒノキ材だけでなく、解体した古屋の床材なども再利用しています。さらに、それでも足りない部分は工務店が手配した一般の木材も使用したそうです。
柱と梁は、八王子の森から切り出したヒノキを使用。入口の引き戸と商品の後の木製パネルは古屋で使っていたもの。
白い壁は、石膏ボードに珪藻土入りの塗料を自分たちで塗ったという。
天井と右側の大梁は、古屋の木材を再利用している。それぞれの材に家族の思い出がある。
軒天は、八王子産のヒノキ材。外壁のスギ板は工務店が用意したもの。
素材にこだわるパン屋として、建物にもこだわりたい。
現在の店舗がオープンしたのは2019年10月。約1年半が経過して、住み心地を聞くと、無垢材なので「夏は涼しくて、冬は暖かい」そうです。今のところ、冷暖房は使っていないとのこと。メンテナンスは、ときどき雑巾で拭く程度だそうです。
また、建物を見て、何の店か分からないけど「外観が気になったので中を見せてほしい」と言って来店する人が多いそうです。建設中も、近所の方が工務店の仕事ぶりを見て「自分も、この大工さんに建ててほしかった」という声があったとか。
一方で、東京の多摩地区で産出された木材を使ったことで、多くの人から「値段が高かったのでは?」と聞かれるそうです。実際、価格だけで比較すればもっと安い木材があったといいます。
しかし、「どこに費用をかけるかは人それぞれ。木材には奮発したけど、設備は予算を抑えている。トータルで見ると一般の住宅と大差なかったと思う」と渡辺さんは言います。そして、生産地と生産者が分かる材料を使ったことは、「素材にこだわるパン屋としても良かったし、居心地もいい」そうです。
ここで、取材中に聞いたエピソードをひとつ紹介しておきましょう。最初は天然酵母パンでスタートした「パン工房ふらんす」ですが、さまざまな学びを通して素材にこだわるようになったのは前述のとおり。その一例として、以下のようなことがあったそうです。
ある東南アジアの国では、田んぼでエビの養殖を行っています。しかし、そこで使用する薬剤が田から地中に浸透して、地元の人が薬害に苦しんでいるという話を聞きました。そして、その話をした講師が「誰かの犠牲の上に成り立っている食材なら、自分はそれを食べなくていいと思った」と言ったそうです。
これを聞いて、渡辺さんも「エビは美味しいけれど、そのエビを作るために犠牲になっている人がいるなら、自分も食べなくていい」と感じたとのこと。そして、それからさらに地元の材料やビーガンなどへの関心が高まったといいます。
もともと、他者の犠牲の上に成り立つ材料を使わないパン作りを続けてきた渡辺さん姉弟には、どこから来たか分からない輸入材を使わない、そして国内で林業を続けて森を守っている人にお金が回っていくことも大事なポイントだったようです。
天然素材だけのパンを作り続けるのも、国内産の木材で家や店を作るのも、ベースにある意識は同じなのだと思います。渡部さん姉弟の人柄とあいまって、価格や効率だけでない、別の意味の豊かさを感じる取材でした。
「パン工房ふらんす」のパンとコーヒー豆。取材後に購入して食べてみましたが、甘さが抑えられているぶん素材の味わいがとても強く感じられました。
●店舗名:パン工房ふらんす
●所在地:神奈川県大和市上和田1066-7
●電話:046-267-4604
●営業時間:9:00~18:00
●定休日:月曜日と火曜日、土日に不定休あり
●「パン工房ふらんす」のサイト(ホームページ)
●「パン工房ふらんす」のFacebookページ
●「パン工房ふらんす」のインスタグラム
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取材時期:2021年4月 取材・執筆:下島 朗